バイリンガルの脳の特徴(4)

本記事はこちらの続きです。

Mosaicに掲載された科学ライター、ガイア・ヴィンス()氏のバイリンガルの脳に関する最近の研究をまとめた記事を数回に分けて、紹介しています。

バイリンガル脳の研究結果への反論

これらの研究結果は、2言語使用が脳の健康維持につながることを示唆している。これは進化における自然淘汰の結果とさえいえるかもしれない。新しい言語を学び、複数言語を使い分けることが容易であること、全世界的にも歴史を通じ、バイリンガルが広くみられる現象であることなどは、このような見方を支持するものだ。

人間の体は、活動量の多い狩猟採集生活に適するように進化を遂げた。だから健康を維持には運動する必要がある。これと同様に、1言語しか話さないのなら特に、頭の健康を維持するためには、もっと認知面の訓練をしていかなければならないのかもしれない。

直近では、バイリンガルの利点を示した研究結果に対し、反論も出された。このような反論には、実験で結果が再現できなかった、あるいは実行制御機能の改善が日常生活に有益であるという考えに疑問を呈するものなどがある。

バク氏は出版された批判に反論している。画像の調査が含まれた心理学的実験では、バイリンガルとモノリンガルの脳機能に決定的な違いがあることが裏付けられており、また反論を展開している研究の中には、実験方法に不備があったものもあると指摘している。

ビアリストック氏もバク氏と同意見だ。交絡因子(研究結果に影響を及ぼす外部要因)が多いため、バイリンガルが子どもの学校のテスト結果に有利かどうかを調べることは不可能だとした上で、「少なくとも(バイリンガルとモノリンガルの子どもに)まったく違いはなく、バイリンガルがテストの良しあしに有害な影響を与えることを示す研究結果は存在しない。また2言語を学ぶ社会的・文化的利益は多いことも考えると、バイリンガルは奨励されるべき」だと述べている(ハイライトは翻訳者)。

私がアタナソポウロス氏の研究室で受けたテスト結果は、たった45分間だけ、新たな言語を理解しようと努力しただけで認知機能が高まることを示している。この研究はまだ最後まで終了していないが、別の研究でもすでに、第二言語を学ぶことによる利益が短期間で得られるという結果が出ている。

問題は、そのような利益は使わなければ消滅してしまうということだ。特に私が人工言語を再び使うことなど、おそらく二度とないに違いない。

実行制御機能を鍛える方法は、新たな言語を学ぶことだけではない。ビデオゲームをする、楽器を習う、トランプをするなどにも効果が出るものがあるといわれている。だが、言葉を使う機会は多いので、言語を学ぶことは実行制御機能のトレーニングとしておそらく最善のものといえるだろう。ではこの実践方法には、どのようなものが考えられるだろうか?

バイリンガル教育の方法(1):半日イマ―ジョン教育(米ユタ州)

一案として、子どもに言語を教えるという方法がある。この方法は既に世界各地で実践されている。インドの子どもたちの多くは、学校で母語や地域の言葉ではない言葉を使用している。だが英語を使用する国では、このような事例はあまりみられない。

とはいうものの、イマ―ジョン教育(バイリンガル教育の一種)は高まりつつある。イマ―ジョン教育をする学校では、子どもたちは授業の約半分にあたる時間を別の言語で受ける。米国のユタ州は、イマ―ジョン教育で先駆的な取り組みを行っており、同州の多くの学校で中国語(北京語)やスペイン語のイマ―ジョン・プログラムが提供されている。

ユタ州教育省に勤めているグレッグ・ロバーツ(Gregg Roberts)氏は、イマ―ジョン・プログラムを推進してきた。「われわれが採用したのは半日モデルです。午前中は習得対象となる言語(第二言語)を使用して授業を行い、午後は英語を使用します。そして、これが逆転する日もあります。午前中に学ぶのが得意な子もいれば、午後の方がいい子もいるからです」と説明する。

「イマ―ジョン学校の生徒はすべての教科で、モノリンガルの学校の生徒と同じか、それ以上によい成績を収めています。集中力もあり、自尊心も高い。別の言語を理解すれば、必ず自分の言語や文化に対する理解も深まります。経済的・社会的利益もある。われわれは、一言語主義へのこだわりを克服すべきです」

バイリンガル教育の方法(2):美術の授業で部分的イマ―ジョン教育(英国)

イマ―ジョン型のバイリンガル教育は、英国でも試験的採用が進められている。ハンプシャー州のリップフック(Liphook)にあるボーハント中等学校(Bohunt secondary school)では、主任を務めるニール・ストロ―ジャー(Neil Strowger)先生が中国語のイマ―ジョン授業を一部で導入している。

私は12歳の生徒たちの美術の授業の教室に入り、椅子に腰かけた。2人いる教師の一方は英語を話し、もう一方は中国語を話している。子どもたちは、熱心に、でも静かに、複数の学習課題に集中していた。

中国語での発話が多かった。生徒たちが英国のストリートアーチスト、バンクシーについて、中国語で議論をする様子を目にすると、やや超現実的な感覚を覚えた。生徒たちは、中国語を学ぼうと思った理由について、「楽しく」、「面白く」、「役に立つ」と思ったからだと語った。私が学校で忍耐を強いられた、フランス語の退屈な授業とは天地ほどの差がありそうだ。

この美術の授業を受けている生徒の大半は、中国語のGCSE(一般中等教育修了証、中等教育の初級レベルを修得したことを示す証明書)の試験を、通常より数年早く受けることになるという。だがストロージャー先生は、イマ―ジョン・プログラムには成績だけでなく、生徒の熱意や楽しみを増し、他の文化に対する意識が向上するなどの利益があり、生徒たちは地球市民としての資質を備え、視野を広げ、仕事を得る上でも有利になったと主張している。

ではもう学校を修了してしまった人々は、どうしたらいいのだろうか?
バイリンガルの利益を維持するには、自分の言語を使う必要がある。多くの練習の機会に恵まれることがない高齢者にとっては特に、これは問題といえるかもしれない。人と出会って、様々な言語を話すことができるような言語クラブのようなものがあればいいのかもしれない。

バク氏は、スコットランドでゲール語を学ぶ高齢者を対象とした、小規模の試験研究を行い、たったの1週間で非常に大きな意義があることが認められたと語った。同氏は今後、もっと大規模な試験を実施する意向だ。

言語を学ぶのに遅すぎることはなく、とても有意義な活動であるともいえる。アレックス・ローリングス(Alex Rawlings)は15言語を話す、「プロ」の多言語話者の英国人だ。「どの言語からも、まったく新しい生活様式や、意味の微妙な違いを学ぶことになる」「中毒になるね!」

「みんな、大人になってからだと難しすぎるという。でも私は、8歳以降はむしろずっと簡単になると思う。赤ちゃんは言語を学ぶのに3年かかるけれど、大人だったらたった数か月で可能だ」

最近の研究結果が示しているように、新たな言語を学ぶことは時間を投資する価値があることといえそうだ。バイリンガルであれば、高齢になっても頭が働く期間をより長く、よりよくすることができる。

今後、われわれの子どもの教育方法や、高齢者の扱いにも大きな変化がもたらされる可能性もあるだろう。それまでの間、できるだけ多くの言語で話すことには意味があるだろう。さあ、let’s talk, hablar, parler, sprechen, beszél, berbicara!

(完)

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