バイリンガルの発達について、見解がバラバラに思われる原因

 

バイリンガル教育と一言で言っても、いろいろな議論があり、様々な意見があります。

バイリンガル教育が専門でなくても、子どもをバイリンガルに育てよう、と思った人なら、少し細かい点になるとみな言っていることがバラバラだな~と感じたことがあるかもしれません。

なぜこんなことになるのか。

それは、バイリンガル児といっても、家庭環境を含めたバイリンガル環境はそれぞれかなりバラバラだということが原因の一つなのではないかと思います。

父親と母親の言語は同じなのか、違うのか。お互い第二言語はどの程度得意なのか。

自分の文化をどれぐらい大事に思っているのか。

周りの社会で使われている言葉と、家庭内で使われている言葉の社会的評価はどちらが高いのか?

・・・

などなど、言葉と言ってもそれを取り巻く社会的影響力はものすごく大きく、それを逐一考慮した分析を行うには研究にも何年もかかり、しかもあまり単純、明快なことはいえない結果になることが多いんです。

だから、バイリンガルについて、ブログの1記事で説明できるような簡単な説は、多分バイリンガルのほんの一面しか取り上げていません。

だから、それが自分の子供や自分自身に必ず当てはまると思わないこと、これが肝心だと思います。

だから、バイリンガルに育てる上で一番大切なこと、それはその辺のメディアでさらっと書いてあるようなことが自分たちのケースに当てはまるのか、よくよく自分で考えてみることじゃないかと思います。

とはいえ、それじゃああまりにも中身のない話なので、ある程度はっきりしていることについて少し書いてみたいと思います。

ちなみに、英語だと、例えばイギリスの現在のバイリンガル児(英語が母語でない子供)に対する言語理論とその影響について、よくまとまっていてわかりやすい冊子がオンラインですぐに手に入ります。

 

バイリンガル教育の基礎を築いたJim Cummins博士のバイリンガル教育理論

 

こちらの記事で既に触れましたが、日本語でバイリンガルについてまとまった研究をしてる第一人者の一人は中島和子氏だと思います。

そして、その研究の基盤となっている理論は、彼女との共同研究もあるJim Cummins(ジム・カミンズ)博士によって提唱された「2言語共有説」というものです。

ちょっと専門的な話になりますが、特にものすごく難しい概念でもありません。

ものすごく簡単に要約すると、

母語(第一言語)に加えて2番目の言語(第二言語)は、脳の中で全く別のものとして発達するのではなく、共通の言語能力の基盤が育てられていて、2つの言語の違いはその表層部分の現れに過ぎない。
それゆえ、第二言語を伸ばすためには、第一言語を伸ばすことが重要であり、その逆もまたしかりである。

というものです。

つまり、第二言語が重要だからと言って、第一言語の発達をないがしろにしないほうが、バイリンガルとしてバランスのとれた発達が望める、というものです。

このことを表した以下の図は中島和子氏の本でも紹介されており、わかりやすいと思います。

 

カミンズの「2言語共有説」(氷山説)

cummins1

出典: 「バイリンガル教育の方法:12歳までに親と教師ができること」 中島和子

 

cummins2

出典: 「バイリンガル教育の方法:12歳までに親と教師ができること」 中島和子

 

こちらのウェブサイトでも紹介されているように、1970年代以降の過去40年ほど、北米・欧州のバイリンガル教育は、上のジム・カミンズ理論を基礎として発達してきました。つまり、この部分はかなり揺るぎない理論となっています。

バイリンガルに育てると、どちらの言語も中途半端になるのではないかという懸念は常にありますが、軸になる第一言語(あるいは第二言語が第一言語に移行することもある)が順調に発達していけば、どちらの言語でも専門的な仕事をできるまでのバイリンガルになることは可能です。

特に就学前の幼少期に優勢だった言語をある程度の年齢までしっかり伸ばしてやることは後々の言語の発達にも影響があるといわれています。

日本で子供をバイリンガルに育てようと思うならば、英語に触れる機会を見つけるとともに、家庭でも英語を学ぶ時間を作ることは必須です。なぜなら、日本で普通の学校に通うのであれば、英語に触れる時間は作り出さない限り、不足するからです。

でも、アメリカなど英語圏で育つ日本人家庭では、その逆で、日本語を家庭で大事にした方が、後で英語も伸びます。

もちろん、家庭内で英語と日本語が混ざっている場合には、日本語だけを話す環境にするのは難しく、英語が第一言語になり、日本語は第二言語になることもよくありますが、それならそれで英語を大事にし、日本語も楽しみながら忘れない程度に補強するというスタイルでいいのです。

無理にやらせて嫌いになってしまうことの方がよっぽど悲劇です。

 

バイリンガル子育てで絶対にやらない方がよいこと

 

上の理論を踏まえて、どうしてもやらない方がよいといえることがあります。

それは、両親ともが、母語でない、しかも得意でない言葉で幼少期から子供を育てることです。

幼少期の子供の脳内では、毎日ものすごい勢いで脳細胞が分裂し、発達しているといわれています。

毎日の読み聞かせが大事だ、赤ん坊の時から話しかける、というのは現代の育児では基本中の基本です。

それを、両親共流暢でない外国語でずっと子供に話しかけていたらどうなるか。

言語の発達に少なからぬ影響が出ることは間違いありません。

ですから、これだけは絶対におすすめしません。

これは、例えばバイリンガルに育てようとして、家庭で日本語、学校で英語を使っていた子供が、途中から英語ばかりになるのとはわけが違ってきます。

家庭で中途半端な英語が多少入っても、日本語でもきちんと話しかけ、読み聞かせ、学校でも日本語がほとんどの授業言語なら、日本語の発達が阻害されることはないでしょう。

でも、家庭で中途半端な英語だけで話しかけていると、日本語も育たず、就学時に日本語で後れをとることになり、英語も中途半端となり、言語能力で大きな後れを取ってしまいます。(英語がある程度流暢な人は別です)

英語圏でも全く同じです。母語が育っていないと、英語のインプットが入ったとき、十分に発達していかない可能性があります。(様々な社会的要因や個人の資質もありますので、必ずそうだと言い切れるものではありません)

英語育児も流行っていますが、くれぐれも、ブロークンな英語でだけ話しかけることがないよう、質の高い日本語と英語を、バランスよく浴びせてあげられるよう、考えてみることをお勧めします。

 

 

 

 

 

[`evernote` not found]
Pocket