幼児期の充実した日本語環境からマルチリンガルに【継承日本語】

どんな子育てもそうですが、バイリンガル子育ても千差万別、唯一の正しい道などありません。

バイリンガル教育の権威として知られる中島和子先生が企画され、カナダの日本語コミュニティ誌「月刊ふれいざー」に掲載されていた「バイリンガル子育て」シリーズには、とても貴重なインタビューや経験談がまとめられています。

許可を得て、これは!と思う記事を紹介していきたいと思います。

以下は「月刊ふれいざー」2019年9月号トロント版からの再掲記事です。

記事を執筆した中野 珠莉 さん(ウエスタン大学 Faculty of Science 1 年生、当時)は、学齢期にはほとんど家では英語を話していたそうです。

それでも日系保育園に入り、補習校にも幼稚園から通うなど、日本人のお母さまが豊かな日本語環境を整える努力をされ、日英だけでなくフランス語、中国語も話すマルチリンガルに成長したそうです。

その成長過程には学ぶことが多いと思います。

私と英語・日本語・中国語

私は中国系カナダ人の父と日本人の母のもとで三人兄弟の次女として、トロントで生まれました。両親は英語と中国語の両方を話せます。

父はカナダで生まれ、中国語ではなく英語のみを話して育ちましたが、台湾に留学や仕事で行ったため中国語を身につけ、現在は中国市場でビジネスをしています。

母は大阪府で生まれ育ち、日本の大学で中国語を学んだ後台湾に留学し、コンピューター企業に勤めました。

英語が本当に身についたのは27歳でカナダに移住してからだそうです。

しかし、私は英語のみ話す祖父母と同居していたことや父親が全く日本語を話せない家庭であったこともあり、家では大抵英語で話します。

そんな中、母は最大限私達が日本語に接するよう心掛けていました。

私達には日本語で話し、家には日本の人気キャラクターのビデオや絵本がたくさん揃っていました。毎晩必ず寝る前に私達に日本語の本を読んでくれました。

日系の保育園に入園し、日本人が経営する子供教室にも通いました。

補習授業校は、幼稚園から通い始めました。

振り返ってみると、幼稚園入学までは非常に凝縮された日本語環境を与えられていたと思います。

日系コミュニティに入り込めたことで、私と似た環境で育った人や多様な海外経験のある人たちに出会い、言語を習うことや複数言語を両立させることに共感を持ちました。

この体験が、移民国家に住むカナダ人としての私のアイデンティティを育てたと思います。

母はその他にも幼稚園時代から中学一年生までほぼ毎年、6月末から母校で一か月程体験入学をさせてくれました。

日本の文化・習慣を実体験できたことは、日本人としてのアイデンティティを持つ上でとても意義があったと思います。

多言語習得とその継続

幼稚園に入る頃、母はカナダの共通語であるフランス語もきちんと学ばせたいと思い始めたそうです。そこでフランス語の幼稚園と小学校に通うことになりました。学校ではフランス語のみ。

最初は大変でしたが、この経験が今の私の言語の基礎となっていることは確かです。 中学を卒業する頃、私の言語レベルは、1英語、2フランス語、そして3日本語の順でした。

日本語が三番目だったのは、使う時間が少なくなっていった事、補習校の宿題が大変だった事が挙げられます。

中学は小学校からの友達の9割以上が進学するフランス語の学校ではなく、英語だけの学校に進みました。これは両親が将来のためにも英語の語彙力があり、レベルの高い文章が書けるようになった方がよいと考えたからでした。

実際、中学校入学当初は、フランス語の文法や言い回しをそのまま英語に応用して書いていたため、成績は良くありませんでした。そのため、一からエッセイの書き方を学び直しました。英語の勉強に力を入れるようになり、フランス語に接する機会が減ったため、当然徐々にフランス語力は弱っていきました。これは自分にも責任があります。

私は自分からフランス語保持のために努力をすることはありませんでした。

これはフランス語の授業があまりにも簡単だったので、テストの点さえよければいいと安易に思っていたからです。

高校進学後、素晴らしく熱心なフランス語の先生に出会い、先生の勧めでフレンチイマージョンの生徒と一緒にフランス語検定を受けました。

大学進学後も、次のレベルへの合格を目標にしたいと考えています。

中学に上がってフランス語のブラッシュアップにあまり興味を持たなくなった私を見て、母は中国語の勉強を提案しました。父が中国関係の仕事をしている事、中国の経済成長、カナダは中国系の移民が多い事、両親が中国語を話す事などが、その理由でした。

母は私達のために中国語の家庭教師を雇ってくれました。中国語を勉強するにつれて、中国語と日本語の似た言葉、日本語にはあるけれど中国語にはない言葉、補習校で漢文を読んでいると、その中に知っている文法構造を見つける、そういったつながりがどんどん目につき、面白く感じる事が多かったです。

週に一度のレッスンなので習得するスピードはとても遅いため、まだ自信を持って中国旅行に行けるレベルではありませんが、簡単な会話、読み書きが出来る程度になりました。

私の家庭において、言語習得はいつも興味を持って探求するという環境にあったと思います。これは「言語」を独立した一つの科目としてみるのではなく、言語と社会、文化、人など、人類学の分野との接点に気づかせてくれたのです。

「言葉は荷物にならないスキル」と、母はいつも私達にそう言っていました。

マルチリンガルであることの意義

私にとってマルチリンガルである事は、自分の可能性を広げるスキルを身につけると共に、多民族国家に生きる今、他民族を理解し共存する上で最も大切な入り口の一つだと考えています。

自分のアイデンティティを知る上で、単一民族の意識のみにとらわれる事なく、視野を広げ、他を理解し受け入れることによって、より意義のある自己形成が出来るようになるのではないでしょうか。

言語を知る事で、文化・習慣への理解が深まり、お互いを尊重し合えるのではないかと思います。

自分を違う視点から見られるようにもなりますし、何より互いに会話が成り立つというのは、本当に楽しいことです。

 

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