バイリンガルの脳の特徴(3)

本記事はこちらの続きです。(Photo by Bret Kavanaugh on Unsplash

Mosaicに掲載された科学ライター、ガイア・ヴィンス()氏のバイリンガルの脳に関する最近の研究をまとめた記事を数回に分けて、紹介しています。

バイリンガルで鍛えられる脳

フランカー課題は、認知面における対立解決(conflict resolution)の練習といえる。画面上の矢印の大半が左を指していれば、衝動的に左のボタンを押したくなるが、真ん中の矢印が右を向いていたとしたら、それは正しい反応にはならない。衝動を抑えて、規則に従うことを強いられるのだ。

認知面における対立解決の課題にはこのほか、色の名前が、その色の名前ではない色(例えば「青」と赤で書いてあるなど)で書かれている問題もある。このテストでは、単語が何色で書いてあるかを回答することが求められるのだが、これはなかなか難しい。単語を読む方が、文字の色を判別するよりも、ずっと速くできるからだ。単語をそのまま読んでしまいたいという衝動を抑えるには、相当な精神的努力が必要とされる。

ちょど2言語以上を話すことで、全面的に認知制御システム(executive control)が鍛えられるのと同じように、雪片のテストを受けることで、私の前帯状皮質(ACC)が鍛えられ、2度目のフランカー課題を受ける準備が整えられたのだ。

過去10年間にわたって着々と積み上げられてきた研究はどれも、認知的・社会的課題に取り組む際、バイリンガルがモノリンガルよりも優れた結果を出すことを示している。これらの課題には言語・非言語のテストや、どの程度他人の気持ちをくみ取ることができるのかを調べるといったものまでが含まれる。バイリンガルが共感する力が強いのは、バイリンガルの方が他人に注意を向けるために必要とされる、自分の感情や信念の抑制がうまいからだとされている。

アタナソポウロス氏は、「バイリンガルの方が、モノリンガルよりずっと上手にこれらの課題をこなすことができる。より速く、より正確だ」という。これはつまり、バイリンガルとモノリンガルでは、認知制御システムが異なっていることを示唆している。

バイリンガルの脳と前体状皮質(ACC)

イタリア・ミラノのビタサルート・サンラファエル大学の認知神経心理学者であるジュビン・アブタレビ(Jubin Abutalebi)氏は、脳の画像を見るだけでバイリンガルとモノリンガルを見分けることができるという。

「バイリンガルの前帯状皮質(ACC)にはモノリンガルよりずっと多くの灰白質が含まれている。それはバイリンガルがACCを使う頻度が高いからだ」という。ACCは認知面における筋肉のようなものだという。使えば使うほど、より強く、大きく、そして柔軟になるのだ。

バイリンガルだと、2言語が互いに注意をひこうとして、いつも競争しているため、常に実行制御を働かせている状態にある。脳の画像を見ると、バイリンガルの人が1つの言語を話している際、ACCがもう一方の言語の単語や文法を使用したいという衝動をずっと抑制している。その上、バイリンガルはいつ、どのように片方の言語を使用すべきかについて、頭の中で常に判断を下している。例えば、バイリンガルは2つの言語を混同することは極めてまれだが、話している相手がもう一方の言語を知っている場合、そちらの言語の、奇妙な単語や文章を混ぜる可能性はある。

「私の母語はポーランド語ですが、妻がスペイン人なのでスペイン語も話します。さらに、エディンバラに住んでいるので英語も話します」と語るのはバク氏だ。「妻と英語で話すとき、スペイン語の単語を使うこともありますが、間違えてポーランド語を混ぜることは絶対にありません。また、スペインにいる義母と話すときは、義母は英語ができないので、英語を間違えて混ぜることも決してありません。これはいちいち考えなければならないことではなく、自動的にやっていることですが、私の実行制御システムは必死に働いて、使用していない言語を抑制しているのです」

バイリンガルの実行制御力は人並み以上に鍛えられているため、フランカー課題はバイリンガルの脳が一日中、無意識にやっていることを意識化する作業に過ぎない。バイリンガルが得意なのは当然だ。

バイリンガルと認知症

優れた集中力や問題解決能力、精神の柔軟性、マルチタスクの技術などは、日々生活する上で有益であるのは間違いない。だが最も注目すべきバイリンガルの利点は、老化の際に見られる。制御機能は老化と共に低下するのが普通だが、バイリンガルには認知症を予防する効果があるようだ。

心理言語学者のエレン・ビアリストック(Ellen Bialystok)氏はカナダのトロントのヨーク大学で、高齢者のモノリンガルとバイリンガルの比較する研究を行い、驚きの発見をすることになった。

ビアリストック氏は、「バイリンガルはモノリンガルにくらべ、アルツハイマー型認知症の症状が現れるのが4~5年程度遅い」ことが明らかになったと述べる。

バイリンガルは認知症を防ぎはしなかったが、その発症を遅らせた。脳にほぼ同程度の認知症の進行がみられる2人を比べると、バイリンガルはモノリンガルよりも平均5年、発症が遅れていた。ビアリストック氏はこの原因について、バイリンガルであるために脳が活性化され、実行制御システムが鍛えられて「認知面の蓄え」が増加するからだとみている。脳の一部に損傷が及んでも、バイリンガルには灰白質や神経経路が多めにあるので、それを埋め合わせることができるというわけだ。

バイリンガリズムは脳損傷の予防にも有効だ。最近のバク氏の研究で、インドで脳卒中を患ったことのある600人を調査したところ、バイリンガルが認知面で回復する確率はモノリンガルの2倍あることが明らかになった。

(以下に続く)

 

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