デービス警官射殺事件から米国の治安と人種問題について考える

UC Davisの街、デービスの治安

カリフォルニアの州都サクラメント近郊のデービスは、周囲に畑や果樹園が広がり、住宅街にもオレンジやさくらんぼなど、たいして手を掛けなくとも様々な果物が豊富に実る、ごく平和な田舎の大学街だ。

人口6万程度の町の中心は世界大学ランキングで最近評価を上げてきているUC Davis(カリフォルニア州立大学デービス校)。

人口に占める大学関係者や学生数も多く、研究者の行き来もあるので田舎だが国際色もそれなりにある。

米国内の都会や全国平均に比べると、犯罪発生率は半分以下で、殺人発生率にいたってはこの20年ほどは何年かに一度、数件という頻度。

日本の犯罪発生率の低さにはもちろんかなわないが、日本人だからといって犯罪の被害者になる心配が大きくはない、安心できる街だ。

殉職した警官、デービスでは60年ぶり2人目

そんなデービスで2019年1月、警官が射殺される事件が起きた。

警官が撃たれたのは夕方。デービスの中心部で、車3台が絡んだ事故に対応していた時だった。UC Davisの病院に搬送されたが間もなく亡くなった。

デービスで警官が殉職したのはこれまで記録で確認できるのはただ1度だけで、60年前のことだという。

しかもこの巡査は2018年に警察学校を卒業し、訓練を終えて本格的な職務を開始したばかりの22歳の女性、Natalie Corona氏だった。

彼女が育った町こそデービスではなく近郊のアーバックルだったが、その死は多くのデービス市民に衝撃を与えた。

幼いころから地域の人に尽くすため、郡保安官だった父親のような警官になることを目指していたという。

高校ではバスケットボール部に所属。

米国の高校では女生徒にとって最大の名誉ともいわれるホームカミング・クィーンに選ばれたこともあるという華やかさを持っていた。

こんなにも若く希望に燃えた警官が、デービスのような平和な田舎町で射殺されるとは、アーバックルの、そしてデービスの住人にとっても信じがたい悲劇だった。

同僚や関係者の話は、彼女が如何に警官という仕事に全人生を掛けていたかを示すものばかりだった。

UC Davisで行われた葬儀には、何千人もの追悼者が集まった。

トランプ政権と治安の悪化

このような事件が起こったのは現在の米国の問題に満ちた状況とおそらく無関係ではないだろう。

ドナルド・トランプ大統領が就任してから丸2年が経過した。

移民やマイノリティ、女性蔑視の発言を繰り返し、米国に希望を見出してきた人々の心を押しつぶすだけに感じられることも多いトランプ氏が政権を握って以来、多くの銃乱射事件が発生し、自分の不遇を「他者」のせいに転嫁する人が増加したように感じられる。

自分の周りにも、この町の近郊で、「よそ者」に見える人に “Go back to your country”と言い放つ人がいると耳にする。

連邦捜査局(FBI)も、トランプ氏の大統領就任以後、ヘイトクライムが増加していると報告している。

とはいえ、デービスのような小さな町の治安が悪化の一方をたどっているかと聞かれれば、それは定かではない。

ただ、デービスでさえ警官を標的とした事件が発生していることには、普段以上に注意が必要なことを示しているとはいえるかもしれない。

根深い警官と人種問題

今回の事件をきっかけに、人種問題も浮上した。

今回の警官射殺犯はデービスの住人で、警察に自分が狙われていると信じ込んで恨みを抱え、警官を狙う犯行に及んだようだ。犯人はその後自殺している。

警官も犯人も白人で、人種とは無関係の事件に思われた。

問題の火種は、撃たれた警官のフェイスブック上の写真にあった。

問題の写真で、彼女は “thin blue line flag” と称される、「青い線が一本入った米国旗」をまとい、ほほ笑んでいた。

“blue line” は警官の象徴だ。

警官になることに情熱を傾けていた彼女が、持っていても特におかしくはない。

だが米国には、まだ解決されない黒人差別に抗議する “black lives matter” という運動がある。

そして、青い線の国旗を、”blue lives matter” という標語にからめ、”black lives matter” に対抗する、黒人差別擁護の象徴だとする見方もある。

“blue lives” とはもちろん警官の命のことだ。

そしてこの国では、多くの黒人が白人の警官に殺されてきた歴史があり、現在も続いている。

彼女の死をきっかけに、青い線の国旗を非難する声が上げられた。

この抗議の声は、この熱意ある警官の死の前ではさすがに拡大しなかった。

だが声を上げざるを得ない現実は、米国の深い分断を表しており、われわれに決して目を背けるなと訴えている。

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